【新世界】
遊びもグルメも庶民派。通天閣下に広がる昭和風情の娯楽街
明治以前は荒野だったという新世界界隈。明治36年(1903年)、この地で第5回内国勧業博覧会が開かれ、5ヵ月間でのべ530万人が訪れるほどの盛況ぶりを見せました。博覧会終了後、跡地西側の北半分に、パリに見立てた放射状3方向の大通りが、その中央にエッフェル塔を模した初代の通天閣が造られ、芝居小屋や映画館・遊技場、飲食店が集まり出して、新世界は一大歓楽地としてにぎわうようになりました。
その後、第二次世界大戦での被災などを経て、戦後一時はかつての勢いが衰退。しかし「ジャンジャン横丁」を始め、周辺の商店街が復興し、戦時中の火災により暫くのあいだ姿を消していた通天閣も昭和31年に再建されて活気を取り戻していきました。現在は大衆演劇場、スマートボールの専門遊技場、将棋所、映画館などが立ち並び、昭和の面影を色濃く残す数少ないエリアとして、最近では観光客も増えています。また新世界は、大阪の下町グルメが集まる場所としても有名です。とくに“串カツ”や、牛スジ肉を味噌やみりんで煮込んだ“どて焼き”は、新世界名物。昔ながらの喫茶店や居酒屋なども多く、初めて訪れた人でさえも、昭和を知らない若者でさえも懐かしい気分にさせてくれます。
【街並み】
昔ながらの下町グルメの店がひしめき、今や若いカップルや女性同士のグループも闊歩する「レトロな雰囲気のテーマパーク」的な街に
【ジャンジャン横丁】
ジャンジャン横丁こと南陽通商店街。「ジャンジャン横丁」の愛称は、かつて飲み屋が三味線をジャンジャン鳴らしてお客を呼び込んでいたことに由来

